かんざしには嘘を、××と君には×情を
「⁈ っ明、花⁈」
「ご、ごめんね。……そういうのは、嫌……?」
見上げた先で雨燕は一瞬だけ躊躇うも、唇を噛みながら否と首を横に振る。明花は安堵の息をつき、愛おしさに頬をほころばせると、再び秘められた場所へ辿りつくため紐を引いた。
「……!」
薄衣が滑り落ち、とうとう露わになったそれに目を見開いたのも束の間だ。
「あの、これはその、やっぱりっ、そんなに見るようなものじゃないというか……」
しかと目にする前に、それは彼自身の手で隠されてしまう。
雨燕は続けて、いかに自身のそれが見るに堪えぬものか、明花の鑑賞に相応しくないか、清らかな明花が触るなど以ての外か、等など。消え入りそうな声音で弁明じみた言葉を羅列するが、彼の熱が冷めていないことは交わす視線からも瞭然である。
明花は離れた距離を再び埋めて、布団を引き寄せる雨燕に覆い被さった。
「雨燕……だめ? 私はもっと、もっと雨燕に……」
雨燕は明花を見上げ固まっている。
柔らかくも分厚い前髪は地へと引かれ、透き通るように白い額と形の良い太眉、深い黒色の瞳がよく見えた。頬どころか耳までもが、桃の実のように紅色に染まっている。
「雨燕に触りたい……」
明花は身を乗り出し、えいと薄く開く雨燕の唇に口付けた。
「?!」
「ん、……っはぁ……雨燕、好き。大好き……っ」
三回目の「好き」を伝える前に、再び明花の唇に柔らかなそれが重なる。
明花は引き締まった腕に引き寄せられるがまま、雨燕の腕の中へと飛び込んだ。
口付けは味わい食むように幾度も繰り返される。唇を舐められ、熱い舌が明花の口腔内に入り込む。
天を向く下腹のそれを押し潰してしまわないだろうか――そんな気がかりは、深くなる口付けに翻弄され、次第に有耶無耶になっていた。
「ん、……ゆ、いぇん」
「明花……僕も、好きだ。明花のことが僕はずっと……」
銀糸をひいて暫し離れた唇も、熱く蕩けるような眼差しに引き寄せられたかの如く、再び重なる。
腹の奥がむずむずとこそばゆい。雨燕の身がまとう甘く芳しい香の香りは官能を煽り、触れ合う肌の滑らかさは鼓動をことさら速くさせていた。温もりと背を撫でる手は心地好くも、ゆっくりと明花の内に生まれた官能を育み愛でていく。
「僕ももっと君に触れたい……触れても欲しい……」
視界がゆっくりと転じて、明花の体は雨燕の隣へと着地する。
「さっきは怖気付いて、遮って本当にすまなかった。よかったら続きを、神通力に影響しない程度で……今度は僕も明花に触れたいのだけれども……良い?」
未だ戸惑いを滲ませる雨燕の手を取り、明花はこくりと頷いた。
「へへ……ど、どうぞ」
照れ笑いと情けないほど乙女らしからぬ間抜けた笑いが零れて。自分でも信じられないほど大胆に、明花は己の胸元へと彼の手を導く。
一瞬だけ導かれた手が強ばり、なにか過誤を犯したかと怯むが、それもどうやら杞憂であったようだ。熱っぽい視線が明花を見上げ、雨燕からはにかみと「ありがとう」との返事が零れる。
雨燕は明花の手を握ると「触るね」と一言断って、膨らみを包み込むように揉み始めた。
幾重もの布を隔てての緩慢な刺激はこそばゆく、骨張った大きな手が意思を持って動く度、明花は堪えきれずに身を捩る。
恥ずかしくないと言えば嘘にはなるが、決して不快な気持ちはない。
雨燕は赤面しながらも、ひどく真剣な面持ちだ。明花の胸を(おそらく雨燕なりに適度を探りながら)揉むという淫らな行為に耽っている。悩ましげな吐息は荒くなり、明花を気遣う声と視線はますます熱っぽくなっていた。
「明花……すごい……こんな、こんな……」
「っ……」
「っごめん、加減が……もう少し強さを……⁈」
「大丈夫、続けて。雨燕……」
明花は袖を掴み、すぐに遠慮しようとする雨燕を引き止める。
不思議な心地とでも言おうか。
普段ならば二歩三歩、引いてしまうような淫らな行為であるはずなのに。明花は行為を受け入れるばかりか、必死な雨燕にときめき、さらに先へとまで思い始めている。
(雨燕の体を良くするため。雨燕と一緒にいるためにも、ちゃんと神通力を意識しなきゃいけないのに……)
「雨、燕……もっと」
明花は蠢く手に己の手を重ねる。そのまま長い指を握り、びくりと肩を揺らした雨燕を見つめた。
「もっと…………その、綿入りだから、その……」
要はふかふかの布越しでは大変もどかしいので、もっと直接触れて欲しいだけなのだが。羞恥と恐れでしどろもどろの状態では、あれこれ言っても伝わらまい。
明花はぎゅっと目を瞑ると、類稀なる怪力の使い所はここだと言わんばかりに帯を緩め、重なっていた衿を開く。肩から着物が滑り落ち、雨燕の眼前に薄紅に染まる滑らかな肌と先に伝え損ねた件の下着が曝された。
「っあああ暖かくて……⁈」
おそらく、多分。まず間違いなく。明花は緊張のあまり言葉も行動も誤った。
腹まで隠れる薄紅の下着は一般的な女性のもの。布には繊細な刺繍が施され、首と背中に回る飾り紐で固定されている。これからの季節を意識した、防寒に優れた綿入り下着。たとえ厚さを除いても、多少は異性を興奮させる装いであったはずなのだが……正直、突然の露出と下着説明は甘い空気を吹き飛ばしかねない話題であろう。
「暖かくて、ええと。その……柔らかい、の……綿なので……」
話題に詰まっての苦し紛れなので台詞に特段の意味はない。
しかしこれでは暗に「貴方が夢中で揉んでいたのは綿ですよ」との皮肉を言っているようではないか。雨燕の愛撫に喜んでいたことは事実であるのに、まさに余計過ぎる一言。重ねての悪手。明花は半泣きで狼狽える。
「違うの、綿の柔らかさを雨燕に説くつもりなんてなくて……?!」
ところが、雨燕は眉をしかめるどころか心底嬉しそうに破顔して、
「っ……わかってるよ。明花……嬉しい」
明花の頬に軽く口付け抱き寄せた。そのまま赤く染まった耳朶をも口に含み、抱擁を強めて唇で食むよう弄ぶ。
「?!……あっ、ゆ……うぇ」
「……寒いから布団に入ろうか?」
明花が了承の意を伝えれば、満足気な艶笑が耳元を掠る。
かくして、明花と雨燕は抱き合ったまま架子床の上を転がって、二回ほど端から転げ落ちる危機をやり過ごし。互いに己の暴走を防がんと、相手を意識し過ぎないよう努めているなどとは微塵も知らないまま。遂に二人はふかふかの布団の中へと収まった。
「明花……暖かいね」
そのような言を口にしつつ、雨燕は両手で下着の結び目を解き始める。はだけた裾から伸びた明花の素足に雨燕のそれが絡まって、熱く硬い何かが太股を掠めていく。結び紐にかまけていた指に背を撫でられ、明花の全身に甘い痺れが駆け巡った。
「雨、燕……」
下着が解かれ、押し込められていた二つの双曲線が顕になる。柔らかな膨らみがふるりと震えて、明花と雨燕の頬が真っ赤に染まった。同時に、雨燕は糸で縫い付けられてしまったかのように固まってしまう。
「…………あの、雨燕?」
雨燕はちらりと明花を見やると、わざとらしく数度咳払いをし、目を瞑り老練の学者の如く意味ありげにうんうんと頷きながら、
「……ああ、うん。ごめん、その想像以上に明花のが……っ良くて……すごく。可愛いなとつい……」
素振りからはかけ離れた、率直で単純な感想を口にした。
(それは……喜んでくれたって受け取って良いのかな)
もしそうならば、恥ずかしい思いをした甲斐もあったというものだ。
「雨燕、続き……良いよ……? 大丈夫そうならば……」
明花は思い切って雨燕の両手首を掴んだ。絵面としては手刀を受けたようにも、相手の動きを封じているようにも見えようが、この際、誘おうと思っての行動だと相手に伝われば問題ない。
明花は真っ直ぐに雨燕を見つめる。
力の増大までには及ばない、適度な触れ合いに留められる程度で良い。雨燕が欲しい。――いまや明花は己の熱と欲とを素直に受け入れていた。
雨燕の喉仏が上下して、ゆっくりと骨ばった手が明花の胸を包む。
「んっ……」
初めて直に触れられ、明花は思わず身を捩った。熱い手が柔く捏ねるように蠢く度に、明花は甘やかな悲鳴が零れぬよう懸命に唇を引き結ぶ。
「やっ……ゆ、燕……っ‼」
長い指に薄紅色の先端を掠められて、明花は思わず小さな悲鳴をあげ、雨燕の手首をぎゅっと掴んだ。
背に感じたのは甘い痺れ。明花を見つめる熱い眼差しが僅かに揺れる。
「あっ……んぅ……」
腹の奥が疼くばかりか、太股の間のあられもない場所からとろりと蜜が零れ落ち、明花は涙目になった。消え入るような声で名を呼ぶと、雨燕もまた明花の名を呼びはにかむ。明花の頬に口付けが降り、再び長い指がふくやかな玉肌へ沈み込んだ。
「……可愛い。ああ……明花のここはこんな風になるのか……」
雨燕の感嘆めいた言葉には、明確な喜色が混じっている。彼に執拗に愛撫され、押し潰された先端はぷっくりと花開き、桃色に染まっていた。
普段は己の体格への引け目と動きやすさから、麻布で上半身を巻き、綿入りの下着で誤魔化しているためであろう。明花の羞恥はひとしお、与えられる刺激にもより過剰に反応してしまう。
先端を掠めていた指も要領を得てきたかのように、次第に桃色の先端をなぞるように転がし愛で始める。やがて片方を口に含まれて、先端を熱い舌で舐め上げられた。
「や、あっ……っ」
あまりの快楽に明花は涙を滲ませ、ますます雨燕の手首を強く握る。むしゃぶりつく彼を見下ろせば、こちらを気遣うような上目遣いとかち合った。
「雨――ッ⁈ っ……んぅ……」
再び先端を吸われ、明花は甘やかな悲鳴を上げる。勝手知ったるとでも言うべき間柄の雨燕は表情から色々と察したのだろう。
彼は豊かなそれを吸っては撫で、先端を転がしては押し潰し。様々な刺激を試みては明花の反応を懸命に学び、心地好い触れ合いを探っていく。
溺れているのは果たして明花か雨燕か。明花は調べる術を持たない。
愛でられた敏感な先は赤く熟れ、さながら白雪に溶ける南天のよう。触れて欲しい、しゃぶって欲しいとの明花の本心を表すように、淫靡な実を実らせていた。
「明花……気持ち良い?」
羞恥に頬を真っ赤にさせながら、明花は迷わずこくりと頷く。
「雨燕は……?」
明花の問いに雨燕はますます顔を赤らめる。
潤む黒の瞳は変わらず明花だけを見つめている。奥底で永久の焔の如く揺らめくのは激しい欲と歓喜と、狂おしいまでに深い恋情と愛情。
雨燕の新たな一面を見たと感じる一方で、明花の記憶は諭してくる。その焔はずっとずっと以前から、雨燕の中に在ったのではないかと。
「気持ち良い……すごく。このまま……っこのまま明花を僕の手でどうにかしたい気もするし、また明花にどうにかされたい気もしてる……こんな……」
明花の胸は愛おしさで満たされていく。
同時に、触れる剛直への懸念や羞恥、素肌が合わさる面映さ、己の怪力への畏れさえも吹き飛んで。明花は雨燕を力いっぱい抱き締めた。
「私も……」
「っ……明花」
雨燕は少しだけ息を詰めたが、すぐにぎゅうと力強く抱き締め返す。
「今晩は途中まで。ことが終わったら奥まで全部、僕に……僕のことも全部、貰って」
「うん。雨燕」
二人は互いに見つめ合い、触れ合わせるだけの口付けを交わし合い、念の為に雨燕の背骨が無事である事を確認する。
そして。明花はもう一度断りを入れると、雨燕の昂りへと手を伸ばした。
「……っ、へぁ?!」
明花は思わず、甘い雰囲気を壊すような素っ頓狂な声をあげる。
無理もない。雨燕のそれが予測していたよりも早く明花の手に届いたのである。
(ど、どういうこと……⁈)
何かの間違いではなかろうか。
昂りは想像よりもずっと熱く、意外にも濡れていた。しかも、ぼんやりと抱いていた妄想よりも少しだけ大きい(ような気がする)。
なにしろ、明花の知識は古式ゆかしき絵巻のような挿絵頼りの指南書だ。婉曲な表現はもとよりのこと、誇張に抽象、象徴的な説明で溢れている。対象の色形、大きさ等に至っては、指南書とこれまでの知識を合わせたとしても読み切れない。
しかしとて、慣れ親しんだ幼馴染みに附属していたもの。ある程度予測を立てていたのだが。
それは大きいと自負する明花の手にも収まらなかった。
(?!?! ま、待って?! どうなってるの? これ、雨燕の……なの?! さっきはよく見えなかったけれど、挿絵と全然っ……お店の道具とも全然……?!!!)
これは指南書の但書にあるような、“想像する様相と現実とを混同せぬように”との心構えが全く足りなかったということだろうか。
恐る恐ると言うべき慎重さで、明花はそれを確かめる。しかし結果はさほど変わらない。
(っひぁ?!?! な、なにこれ……)
桃華遊心堂には男性器を見立てたであろう道具が売られていたが、今、掌に触れる雨燕の大事な一物は店のそれより太く、長さも長いように思える。
(でも待って、雨燕はそんなに大男って方でもないから……)
何かの誤解や錯覚やもしれぬ。拙い知識をかき集め、明花は昂りを辿ろうとしたが、余裕のない吐息が頬を掠め手を止めた。
「ごめ、雨ー……」
「明花、続けて……」
雨燕は手を重ね、明花を再び屹立へと導く。
天を仰ぎ、張り詰めるそれは不思議な感触だ。
ほんの一時前までは大理石のように冷たく硬質やもと疑っていたが、全くそんなことはない。そしてやはり、反り立つ先は何かで濡れている。
はたしてそれは長年の夢の成就に喜び浮かれるあまり、明花への気持ちが抑えられずに溢れ出たものなのだが、指南書頼りの一乙女が正しく状況を把握できようもない。
明花は、おそらく行為に不可欠な未知の何か――香油か軟膏かが体温に反応し、そのような状態を敢えて保っているのだとひとり合点。新たな知見だなどと勝手に会得しながら、全体像を掴むべく、雨燕のそれを必死にまさぐった。
(なんか……不思議な感じ……)
悪い意味ではない。ただ、明花には同程度の大きさ、形、質感のものに心当たりがないのである。
もしかしたら布団を捲(めく)り観察すれば、視覚的な特徴だけでも類似物を挙げられるのかもしれない。しかし今の明花には、残念ながら直視する勇気や余裕がない。
明花がそっと撫でる度、雨燕の唇からは悩ましげな呻き声やため息が零れ、それはびくびくと震えて反応する。
男性特有の人体部位は、知れば知るほど摩訶不思議。彼の反応含めて好奇心をそそられる。
なにより明花の思う雨燕の印象――誠実で清らかな印象とそれとは、かけ離れた存在のように思えてならなかった。
(こんな風になってるなんて、こんな事も……不思議、かも。雨燕、は……? 少しは気持ち良く思ってくれてるのかな……?)
そっと表情をうかがい見れば、彼は頬を上記させ恍惚とした表情でこちらを見つめている。
明花の心臓が跳ね、頬がかっと熱くなった。
「明花……」
静まり返る部屋の片隅で、ぎしりと寝台が軋んで。箍が外れたかのように雨燕は明花を強く抱き寄せた。
「明花……っ」
艶めいた吐息に雨燕の掠れた声が混じる。
再び寝台が揺れたかと思うと、雨燕は明花の指を求めるように腰を揺らし始めた。
「明花……あぁ……は、明花……っ」
「あ、ゆ、雨……」
どうして良いかもわからずに、羞恥に明花はぎゅぅっと目を瞑る。淫靡な水音が鼓膜を犯す。雨燕の抱擁は固く、合わさる肌は熱を帯び、明花と雨燕の本音を表すかの如くぴったりと互いを求め吸い付いていた。
長年秘めていた想いを隠さなくなったのはどちらが先か。明花も雨燕も互いへの思慕を不器用ながらも言の葉にのせ、懸命に口にする。
鼓動も汗も、体温も。胸を満たす愛おしさも既に明花にはどちらのものかわからなくなっていた。
暫くして。雨燕は甘い吐息を噛み締めながら、明花の名を呼び一層強く抱き締めた。そのまま二度三度と背をしならせ、彼は明花の掌を白濁で満たす。
続けて安堵したような吐息を零すと、雨燕は明花にもたれかかった。
「明花…………こんなことをさせて、」
「雨燕」
明花は赤くなる頬を雨燕へと寄せると、何か――おそらく明花の手を拭う手巾だろう――を探す雨燕の右手をも握り、夢中で滑る指を絡める。
「ごめんなさい」などとは言って欲しくない。明花もまた、神通力の安定などとという目的を忘れるほどに雨燕を愛おしいと思い求めたのだから。
「また……しようね?」
明花は雨燕をぎゅうと強く抱き締めた。瞼が熱い。とくとくと速い心音と温もりが心地好かった。
「明花」
ほっとしたような微笑みが耳朶をくすぐり、温もりが意思を持って明花を包む。
明花が望みを口にすれば、雨燕はさらに深いところまできてくれるのだろうか。そのような戯言がほんの少しだけ迷いが浮かんだのはきっと、未だ灯った熱が消え止まぬからであろう。
明花は雨燕へと身を寄せたまま目を瞑る。不思議な達成感と心地好い温もりは、あっという間に明花の瞼を重くさせていった。